カープが優勝する理由

想定通りの現象が起きている。

カープはGWの戦いを終えて借金2、2位ヤクルトと3ゲーム差の3位につけている。
しかし、この好成績にも関わらず、巷では「得点が少ない。決定打が出ない」「選手に元気がない」「ブラウン監督の采配が悪い」「やっぱりカープは今年もダメだ」といった声があがっているのだ。

実に喜ばしい現象である。

好結果にも関わらず、これこれの場面でこれこれの打者が打っていればもっと勝てたはずだ、打てないやつは二軍に行け、などと評してしまう。これは強いチームのファンに共通する特徴である。今までのカープファンであれば選手層の薄いチームであると理解していたため、選手を簡単に外せなどと言えなかったに違いない。勝率5割近いという結果で満足してしまっていたであろう。今年のカープは選手層が厚くなっておりもっと上に行けるはず、とファンが無意識に感じているからこそ、このような声があがるのだと思われる。

また、もっとこうこうなっていれば更に勝ち星を重ねられたはずでありそうなるよう采配できなかった監督は無能だ、という声も多い。これも強いチームのファンに共通する特徴である(弱いチームのファンにもよく見られる特徴だ)。異なる選択肢を選んでいれば必ず好結果が出ていたのだ、と確信していなければ、そのような声はあげられない。カープの強さを理解しているからこその言葉であろう。どの選択肢であってもバッドエンド確定だった過去のカープとは違うのである。

今年、カープは優勝する。
それは、私が毎年カープ優勝を確信していることからも明らかだ。
秋が楽しみである。

| | Comments (16) | TrackBack (0)

俺を信じろ(6/6)

×広島2-12オリックス○(中国新聞

若手の成長に一般論は成り立たない、ということが一般的に言える。ある年、突如として現れ二桁勝利をあげる若手は後を絶たない。中日の吉見がここまでやると予想していた野球解説者がどれだけいるだろうか。彗星の如く現れる若手。それはチームに刺激を与え、活性化させるために不可欠の要素である。

確かに、篠田投手は悪かった。先発して四球3連発にタイムリー被弾で降板。最悪の内容である。コンパで3回連続ボウズだったとしてもこんな気持ちにはならないだろう(日常茶飯事だから)。
体のどこかを痛めたのかと心配したが、中国新聞によるとどうやら調整方法を変えたため体が動かなかったようである。なにをデート前の調整(行き先の下調べ、服装の準備、ゴムの用意など)をしたはいいが最終的に失敗している私のようなことをやっているのだ。
若い投手なので先発としての調整がどうこうより、1回1回全力で抑えることだけ考えてもいいように思う。長い回は投げられなくてもいい。まあ原因が分かっているのだから、二軍で落ち着いて修正してくれればいい。過度に悩み始めてしまうと河内が脳裏に浮かぶので、その辺は投手コーチの手腕に期待したい。原因がわかっていても修正できず女性に相手にされない私のようにはならないで欲しい。

若手はこのような失敗を重ねることで成長する。
男子三日会わざれば刮目して見よ。
篠田投手も次に一軍のマウンドにたったときには見違えるような成長をしているはずである。野球解説者は若手の成長を予測することはできない。しかし、野球ファンはしばしば的中させる。若い選手には、野球ファンの夢がつまっている。

頑張れ篠田(俺が言うな)

| | Comments (75) | TrackBack (0)

運営人の心得

「全く知りませんでしたけど、昔からブログしてるんですね」

というメールをいただいた。
確かに私のブログは知名度がない。訪問者も少ない。
これにはいくつかの理由がある。

第一に、ほとんどリンクが張られていないということ。
私も昔は超大手カープサイトを運営し、一日一万を超えるアクセス数を誇っていた(金星の一日で換算しての話である)。しかし、そこに待っていたのは人々の思惑が渦巻く闇の世界であった。思想の違いに端を発するグループ間の対立、大手サイト管理者の寵愛を獲得するための血みどろの闘争、民衆の反乱、皇帝による弾圧などである。私はこれらに嫌気がさし、身を隠して隠遁生活を決め込んだ(相手にされなかったとも表現できる)。

第二に、人間的に有名すぎるということ。
私は実はちょー有名人である。それは、街行くお地蔵さんに話かければ相手は緊張のあまり身を固くして絶句することからも明らかだ。そのような私が文章を書いているのだから、他ブログにコメントを残したり管理者さんにメールを書いたとしても反応がないのは当然である。私だって、綾瀬はるかから「はじめまして!」なんてメールが来たら業者メールだと思って捨て置くに違いない(怪しい業者とメル友になったりはしない)。

第三に、ただ単に内容がつまらないということ。
これが全てであろう。か。

さて、当ブログが孤立し、閑古鳥が鳴いている理由は理解していただけたと思う。ここで言いたいことは、だとしても私は負けないということである。確かに見ていてくれる人はほとんどいない。しかし、読者は関係なく、私はほとばしる鯉魂の奔流をこの場所へたたき付けるのみである(文豪と呼ばれる人たちと同じ道を歩んでいる)。

このような高尚な思いを抱いてブログを書いている人がどれだけいるだろうか? こんな素晴らしい私に比べ、大衆におもねて人当たりの良い面白いブログを運営し人気者になっている巷の管理者がかわいそうでならない。出来ることならかわってあげたい。

| | Comments (41) | TrackBack (0)

今の若いやつらは(5/11)

「今の若い選手は」

この言葉が、私は好きではない。そのような発言をする解説者やファンの青年時代に、どれほど素晴らしい選手が溢れていたのかは知らないが、これを聞いたその若い選手のファンがどれだけ傷つき反発を覚えるのか、彼らは知るべきである。

それはさておき、今の若い選手はだらしがない。

篠田など、今日2打席ものチャンスをもらいながら、見逃し三振にスリーバント失敗とまったく結果を出せなかった。小窪もそうだ。先頭打者でヒット、無死一塁で送りバントを決めるなど大事な場面でしか結果が出せない。7点リードでの試合を決めるソロ、7点ビハインドでの一矢報いるソロを得意としていた新井と比較しすると、その実力に天と地ほどの違いがある。

まったく、今の若い選手ときたら。

私はそんな選手たちが大好きである。

篠田サイコー!

×東京1-2広島○

| | Comments (92) | TrackBack (0)

恋愛中毒

こんなブログを開設するくらい広島球団を応援していると、カープが負けた日は気が滅入ってくる。カープの試合がない日も気が滅入っている(欲求不満で)。最近ではカープが勝っても気が滅入るくらいだ(試合内容への不満点で)。考えれば考えるほど私がなぜカープを応援しているのか、不分明になってくる。どういうことだろう。

巷ではブラウン監督を首脳陣に対する批判が噴出している。
特に野手陣について、「なぜ結果を出している小窪を下げて梵を使うのか」「栗原と心中するつもりなのか」「打てない外国人三塁手をスタメンで使い続ける意図がわからない」との意見をよく見る。しかし考えてみて欲しい。まだ5月上旬だ、32試合しか消化していないのである。実りある収穫祭を迎えるためには、種を蒔き、育て、見守る時間が必要だ。光源氏を考えてみるといい。紫の上を辛抱強く見守ったではないか。カープファンもじらしプレイを楽しむ度量が必要であろう。

とは言え、梵の起用については不可解なことだらけである。ここまでとなると、なんらかの内部事情を疑いたくなる気持ちもよくわかるし、おそらくそうなのだろう。他に考えられるとしたら、

「梵英心が命じる。私を全力でスタメンにしろ!」
「イエス、ユアハイネス」

くらいしか考えられない。しかし、これだと梵が打てないことの説明がつかないので、間違いである可能性が高い。

カープに打つ手はあるのだろうか、投手のやりくりをどうしていけばよいのだ、と考えると夜も眠れない。私が朝寝と昼寝を欠かさなくなったのは、だからカープの責任である。そのことを上司に訴えたい。
気持ちよく眠れるように何とかして欲しいものである。劇的な勝ち方でもしてくれれば、夜通し騒いで翌日睡眠不足で気持ちよく眠れるのだが(職場で)。

カープを応援することは恋愛に似ている。どんなにひどい扱いを受けても、もう一緒にいられなくてもいいやと思うときがあっても、長くは離れていられない。
惚れた人間は夢を見る。夢は見ている間が一番楽しい。

| | Comments (107) | TrackBack (1)

カープファンを増やす方法(1)

カープファンは少ない、と世間一般には思われている。
しかし、この通説には疑問が残る。現実と乖離しているのだ。いざなぎ景気を超える長期成長にも関わらず、庶民が景気回復を実感できていない日本経済に似ている。
現に、私が周りのカープファンにアンケートをとった結果、ほぼ全員が「私はカープファンだ」と答えている。個人でとったデータのため誤差はあるだろうが、日本人の半数以上が家計の苦しさを訴えているという日本経済新聞社の調査結果をふまえれば、日本人の半数以上がカープファンだという結果が導かれる。

ではなぜ、カープファンは少ないという風説が流布しているのであろう。これにはいくつかの要因があると考えられる。
(1)本当は少ないカープファン
(2)目立つ広島市民球場の空席
(3)サイレントマジョリティの存在
ここでは、以上の3点について考えてみよう。

(1)は実は論外である。否定するのは、光速を超える光の存在を証明するより簡単だ。考察の俎上に挙げる必要はないが、あえてこの命題を否定するとしたら、「仮にカープファンが少ないことが真だと仮定すると(紙面の都合により中略)よって宇宙の法則が乱れる。ゆえに、背理法によりカープファンが少ないは偽である」以上のように証明完了(Q.E.D.)となる。

(2)は大きな要因であろう。なぜ空席が目立つのか、克服するためにはどうすればいいのかを次章で述べたい。

(3)は(2)に密接な関係がある。分けて考えることはできない。

つまり、本当は多いカープファンを球場へ導き観客動員を増やせば、カープに人気がないなどという言語道断の風説を打破することができるであろう。
今回は要因の列挙のみにとどめるが、次回は球場に来るカープファン増加のための具体的施策を述べたいと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

己が自らを紹介する

非常に低い確率ではあるが、私のことを知らない人間がいるかもしれない。その人に言っておくが、私は有名人である。ちょー有名人と言っていい。道を往来する私の友人に「私のことを知っているか?」と問うたところ、のべ100人のうち98人までが「あたりまえやろ」と答えたことがそれを証明している。知っていると答えなかった者たちのうち1人は犬であり、1人は赤ん坊であったことを考えれば、全人類が私のことを知っていると考えても間違いとは言えない。
そんな有名人の私ではあるが、何事にも例外はある。ひょっとしたら、知らない人間がこの場所に紛れ込むことがあるかもしれないので、ここに自己紹介文を置いておこうと思う。以前にも書いたことはあるが、もはや探すのも大変であろうから新たに書き下ろすことにする。

私の名前は志賀である。職業は売れっ子小説家であり、キュートな秘書と美しい編集者とカワイイ義理の妹に囲まれて仕事をしている、と言うと大抵の男性と一部の女性に羨ましがられる。しかし、実際には羨ましがられるようなものではない。理由は3つある。
一つ。ウハウハ状態のようでいて、実際は美しい編集者は締め切り前には鬼に変化するし、手を出そうものなら鬼の編集長が襲来する可能性が大であり、緊迫感がある。
二つ。小説家とはアイディアが出ない期間は地獄であり、いっそのこと自分の命を断ってしまおうと思いつめるほど厳しい職業である。
三つ。私が売れっ子小説家だというのは妄想である。

本当のことを言うと、私はSEをしている。趣味で野球観戦に熱をいれ、ヒトの常として恋をし(常に片思いである)、肉欲におぼれ(常に玄人相手であり、しかも画面の中にいる)、後悔している(こんな文章を書いていることを)。食事をし、空いた時間をみつけてはマンガを読み耽り、テレビゲームをしている。残りの僅かな時間を、社会人にとって重要な自己啓発などの勉強にあてている。
持っている名刺には、SEではなくコンサルタントと書いてある。しかしコンサルタントといっても、きらびやかな戦略系にいる経営コンサルタントなどではない。単なるITコンサルタントであり、つまりSEに毛が生えたくらいの仕事にしか従事してはいない。小学生であれば、毛が生えている生えていないは重要だろうが、私は大人である。毛をそるプレイもそれはそれで好きな人がいてもおかしくはないな、と考えられる程度には大人なのだ。私はSEをしていると言っておくことにする。

このブログの名前は『カプリコン綺譚』である。カプはカープを表し、コンはコンサルタントを表していることは誰も知らない。私自身も知らなかった。真実は、聖闘士星矢に出てくる山羊座カプリコーンのシュラが大好きだっただけの話である。教皇の悪事を知りながら加担していたくせに、いつのまにか女神(アテナ)に最も忠誠心厚き聖闘士になっていた結果オーライな人生は見習いたいものである。
まぁ偶然ではあるがそういう奇妙な符号もあるので、コンサル日記でも書こうかと画策しているところだ。

趣味の野球観戦についてはかなりのオタクぶりを発揮していると思われる。初めて会った人に「学生のときは年間80試合くらい見に行ってたんですよ」と自己紹介すると、「ウソでしょ!?」と驚かれる。そんなに熱心に球場に通いつめるニンゲンを見たことがない人が多いようだ。まぁウソなのだから、なかなかいないのは当然である。

砂漠を焦がす灼熱の太陽のように優しく、シベリアの猛吹雪のように温かな雰囲気の家庭に育った人間らしく、私の人となりについては、会った誰もが「ああはなっちゃいけないよ」と子供を諭すくらい好意的に評価してくれている。その評価は概ね正しく、人間的に未熟で、知性と運動能力、容貌などにかなり劣ったところが見受けられるがそれら以外は特に欠点はないと自分でも断言できる。
容貌については想像していただくしかないが、福笑いが成功した光景を思い浮かべていただければかなり近いのではないかと思われる。少なくとも、目が2つ、鼻が1つ、口が1つあるのは同じである。想像できない方は、ジャンクロードヴァンダムの姿を思い浮かべていただきたい。それが、私がイメージする私の姿である(私の嫌いな言葉は「現実」だ)。

まだまだ自分について語っておかねばならぬことは多い。ここで終わっては読者にあらぬ誤解を受けかねない。なので、何かというとお地蔵さんに傘をかぶして廻ってるんだとか、大魔王の最大呪文を真正面から受け止めたために「なぜよけない!?」と駆け寄ってくる仲間が瀕死の私の後ろに幼い子供を見つけたのだとか、それを見て胸がキュンとなってしまった王国一の美少女魔法使いがいたら良いなと思っているんだとか、そう言うことも一応書いておいた。

紙面(書く気力のこと)が尽きてきたので、最後に一言書いてこの自己紹介を終わりたいと思う。

この文章はノンフィクションであり実在の人物・団体と関係があることを強く否定しておきます。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

1/3の冷静な妄想

妄想と現実の間には、深くて暗い溝が横たわっている。
「夢の中で黒田との残留交渉成功させといたから。大丈夫、黒田はカープに残るよ」
と真顔で言われても、まともに取り合う人間はいないだろう。いたら是非トモダチになって欲しいところだ。しかしそんな人間は「で、いまカープは銀河の何分の一を制圧してるの?」と真剣な面持ちで尋ねてくるかも知れない。取扱には注意が必要である。

妄想でなら、どんなことでも可能である。
マツダなどに買収をしかけて数日のうちにカープ球団株を過半数確保し、自らがカープのオーナーとして采配を振るうことにはじまり、3000億円のポケットマネーを用いた大補強、施設の整備を行うこと、周辺自治体や輸送事業者、商業施設をまきこんだカープ応援ツアーを組織して連日市民球場を満員にすること、加藤あいをカープファンにして彼女にすることなど、自由自在だ。
そんなことを考えるなんて、と呆れる人もいるかもしれないが、自分は神の生まれ変わりである、自分には恋人がいる、クリスマスを一緒に過ごす相手に困ってない、などあり得ない妄想を吹聴する人が世間にもたくさんいることを鑑みれば、この程度は小さなものであろう。妄想ではなく現実と言ってもいいかもしれない。

「現実を見ろ!」
と説教する人を見かけることもあるが、しかし、現実とはそれほど尊い、唯一絶対のものなのであろうか。荘子は「荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか」という説話を残している。妄想した世界が現実で、現実だと思っている世界が妄想の世界ではないと誰が言えるのだろう。
カープが11連覇していてあまりに強すぎるから、すこし弱くてあがき悶えているカープを見たかったSっ気のあるカープファンが妄想した世界が、「ココ」かもしれないではないか。

って、そうか、お前か、お前の妄想のせいでぇぇえええぇえええ! 1500秒で抹殺したらあああぁぁぁあああ!! うおおおおおおぉぉぉぉおおお!!!

と、いう以上の議論を踏まえて考察し、拡大解釈すれば、妄想と現実の間にはなんら境界線はなく、カープが実は優勝できるだけのチーム力を持っていること、黒田は残留すること、加藤あいがカープファンであることを信じていただけたと思う。もし信じないとしたら、その人は妄想力が発達していないのであろう。いつまでもそのままでいた方が良い。

私もこのところは妄想力の退化が著しい。一向に進展せず、栗原が異世界の神に力を借りたスイングをして宇宙の法則が乱れたところで妄想は止まっている。このままでいけば、カープ戦士が大宇宙の意志と試合をするのは30年後になるかもしれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

広島風お好み焼き

ものごとの良し悪しというものは一意に決められるものではない。評価基準によって変化するものである。堅固な錠前は守るものによってはよい錠前でも、侵入を試みるものにとってはそうではない。謙虚で人間性に富む有能な読売ジャイアンツオーナーは読売ファンにとっては頼もしい存在であるが、他球団にとっては複雑な存在になるであろう。

黒田投手と新井野手に関しても同じことが言える。
彼らがカープに残ってくれることが、全ての面において良いとは言えない。二人の残留による弊害は無数に数え上げることができる。黒田がいると長いイニングを投げて勝利してしまうので敗戦処理でたくさんの投手を見ることができない、新井が真面目な顔で打席に立つと緊迫した場面なのになぜか吹き出してしまう、など両手の指では足りない(2の10乗以上存在する)。

知人に「美味しい広島風お好み焼きのお店がある」と聞いたので連れて行っていただいた。なんと、店長が広島出身でカープファンというのだ。
最大の調味料であった。
シーズン中はテレビには広島戦をつけているらしいし、千葉マリンスタジアムで試合があるときは応援に行くという。私が広島県出身でカープファンと伝えると、千葉マリンや神宮で試合あるときは一緒に応援行きましょう、と気さくに話し掛けていただけた。味のみを評価しても高得点をつけられるお店だったが、もしそうでなかったとしても行きつけにしたくなる。私の行動ルートから少し離れてはいるが、また行きたいものだ。

つまり何が言いたいのかというと、黒田と新井がいなくなったら、彼らはカープというチームに欠かせない調味料だったのだと痛感するのだろうなぁ、ってこと。新たな味を作り出すにはかなりの苦労をするであろうが、そこは監督の腕の見せ所であろう。もしそんな事態になったとしても、材料の絶対量が足りない、ということのないよう球団上層部には補強をお願いしたいところだ。

いや、ほんと……お願いします……

| | Comments (2) | TrackBack (0)

球春到来

キャンプインである。一週間近く前から始まってるという風聞もあるが、それはともかく、カープの沖縄キャンプがこの程はじまった。

今年のカープは例年になく評価が高い。「も、もしかして、これなら5位になれるんじゃないか?」という驚きの声があちこちから聞こえてくる。これはやはりブラウン新監督の手腕への期待感であろう。逆に、私はこの好評価の嵐に「もしかしたら今年のカープは優勝出来ないかもしれない」と不安を覚え始めたところであるが、あらゆる角度から考えて杞憂であることが明白なので、検討しないことに決定した。

マーティである。
ブルペンでは早くもカミナリを落としたらしい。どういう課題を持って投球をしているのか、と。漫然と投げ込むのではなく、頭を常に回転させながらやる練習。マーティの指摘するこの姿勢こそが今までのカープに足りなかったものではないだろうか。勘違いしないで欲しいのは、過去のカープの猛練習が無駄だった、と言いたいわけではないことだ。これまでの練習で培ったものを土台にするからこその、頭を使った練習である。
カミナリを落とされた投手が本当に何も考えずに投げていたのかどうかは分からないが、そう怒られたときに言い返せるくらいに論理的にものを考えられる投手になって欲しいものだ。

新しいカープがどのような球団になるのか、どのような強いチームに変貌するのか。その兆しは早くも見え始めた。ネットでキャンプ中継を見る限り、選手から立ち上るオーラは力強く、星座の形さえその中に見えるほどである。

カープは強くなる。

私はそう確信している。この予感が間違いなく当たることは、毎年の私の予感が全て的中すれば今ごろカープが全宇宙を支配していることからも明らかだ。
開幕が楽しみである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧